2021年08月09日

※長い記事になるので、可能でしたらPCでごらんいただくのがおすすめです。

※難民選手団公式HP

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≪陸上競技≫
ジャマール・アブデルマジ・イーサ・モハメド選手(1993.8/25・スーダン、ダルフール出身→イスラエル、テルアビブ)⇒8/3男子5000M予選・13位13:42.98(自己ベスト)
:スーダン西部での紛争から逃れ家族を養うために17歳(2010年)の時にイスラエルへ脱出した。様々な困難の中、同郷のスーダン人男性との偶然の出会いから住む場所や日雇いの仕事を得、家族への仕送りもできるようになる。転機は2014年、空き時間の楽しみで友人たちとサッカーをしていたら、彼の持久力を見ていた友人から陸上クラブを紹介される。そして貧困層の支援に力を入れるアレイ・ランナーズクラブに所属し、才能を開花させ、ついに2020東京オリンピックへの出場を果たす。またスポーツマッサージも習得し、今はクラブでマッサージセラピーも行っている。ただ、難民申請が日本よりももっと通りにくいイスラエルでの彼の法的立場はいまだに不安定で、いまだに数か月から年に一度は定期的な許可更新が必要だ。
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アンジェリーナ・ナダイ・ロハリス選手(1995.1/1・南スーダン→ケニア、カクマ難民キャンプ)⇒8/2女子1500M予選・14位4:31.65(自己ベスト)
7歳(2002年)内戦により荒廃した南スーダンから叔母とともにケニアのカクマ難民キャンプに避難し、
高校時代に走ることの才能を開花させ、テグラ・ロルーペ平和財団(アフリカ出身のアスリートで初めてニューヨークシティマラソンで優勝したテグラ氏が創設し、アスリートを支援する団体)に見いだされてトレーニングを受けるようになる。そして2016年リオオリンピックで初めて結成された難民選手団の一員として出場し、2020東京オリンピックにも出場。目標としていた4.30には惜しくもっ届かなかったけれど、自己ベストを更新した。
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ジェームス・ニャン・チェンジェック選手(1998.3/2・南スーダン→ケニア、カクマ難民キャンプ)⇒7/31男子800M予選・8位2:02.04
南スーダンで暮らしていた少年時代に少年兵になることを強要され誘拐される危険があったので、ケニアのカクマ難民キャンプに逃れここでアスリートとしてスカウトされ、能力を開花させ2016年リオオリンピックでも難民選手団として出場。(※カクマ難民キャンプについてはコチラも)。予選敗退というとても残念な結果だったけれど、彼の来歴に少し触れただけでもオリンピックの舞台に立つことがどんなに凄いことなのか尊敬の念を抱かずにはいられない。
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パウロ・アモトゥン・ロコロ選手(1992.1/1・南スーダン→ケニア、カクマ難民キャンプ)⇒8/3男子1500M予選43位3:51.78(シーズンベスト)
14歳(2006年)のとき紛争を回避するためにケニアに逃れ、すでにカクマ難民キャンプに避難していた母親と合流。キャンプで多くのスポーツに参加し、陸上競技に専念する。2016年リオオリンピックにも難民選手団として出場。その後も難民選手団として各地のハーフマラソンなどに出場している。
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ローズ・ナティケ・ロコニエン選手(1993.1/1・南スーダン→カクマ難民キャンプ)⇒7/30女子800M予選8位2:11.87
8歳のある夜、村が突然、対立勢力の襲撃をうけ家族とともに何とか脱出し、飲まず食わずで三日三晩歩いて国境まで逃れ、UNHCRの手配でケニア・カクマ難民キャンプへたどり着く。彼女の故郷は人道援助団体が撤退するほど治安が悪化していたのだ。キャンプで学校に通いスポーツと出会う。そして2015年にキャンプで行われた競技会で才能を見いだされ、2016年リオオリンピック、2020東京オリンピックへの道が開けていく。
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タクロウニ・ガブリエソス選手(1998.1/1・エルトリア→イスラエル)⇒8/8男子マラソン決勝16位2:14:02・凄い酷暑で3割の選手がリタイアした過酷なレースで16位
12歳の時エルトリアを脱出し、過酷な道のりを乗り越えてイスラエルへと逃れた。中距離ランナーとして陸上競技を始めたが、着実に走破可能距離を伸ばし東京オリンピックではマラソンに出場する。難民選手団として世界各地で開催される大会に数多く出場しているが、そのたびにビザの発行で問題が発生してしまうし、出場できないこともある。ビザの問題に加えてコロナ禍の混乱でまったく予測不能な状況だったけれど彼は以前よりタイムを伸ばし調子もとても良いという。困難に打ち勝って進んでいく彼の強さが酷暑で過酷なレースで完走16位という成果につながったのだろう。
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ドリアン・ケレテラ選手(1992.2/6・コンゴ→ポルトガル)⇒7/31男子100M予選1位10.33(自己ベスト)→8位10.41
現代アフリカ史上最悪の戦争ともいわれる第二次コンゴ戦争下で両親を失い、2016年叔母とともにポルトガルへ逃れた。コンゴで陸上競技を始め、ポルトガルに逃れたあとも継続しトラックがまるでセカンドハウスのような心の拠り所となった。「スポーツは僕の人生においてとても重要なもの」と話す彼は、東京オリンピックにおいて自己ベストを更新した。
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posted by ひよこ豆 at 09:34 | 今日のひよこ豆