2021年08月09日

※長い記事になるので、可能でしたらPCでごらんいただくのがおすすめです。

※難民選手団公式HP

≪柔道≫
ポポレ・ミセンガ選手(1992.2/25・コンゴ→ブラジル)⇒7/28柔道男子90s級17位・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退
2016年リオオリンピックにも難民選手団として出場。9歳の時、コンゴ戦争によって家族を失い8日間ジャングルをたった一人でさまよった後に保護され、キンシャサの孤児院に預けられ柔道と出会う。プロの柔道家としてコンゴ代表で国際大会に出場していたが、厳しい練習状況(常に勝利を求められ、負けると隔離されたり食事を半分しか与えられなかったり…)から逃れるため2013年に代表選手として訪れたリオデジャネイロで帰国せずにそのまま残り、2014年亡命が認めらえた。彼は柔道を続けることで、ブラジルで家族もでき、より良い方向へと人生を切り開いていけているのかもしれない。
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ジャバド・マハジョーブ選手(1991.5/26・シリア→カナダ)⇒7/30柔道男子100s級9位・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退
2004年アテネオリンピックでの野村忠宏選手の活躍に刺激されいつか自分もオリンピックに出たい、と練習を重ね16歳で2012年ロンドンオリンピックイラン代表の座をつかみ取る。だが出発2日前に、同じ階級にイスラエル人選手がいるという理由で上層部から出場辞退を迫られる。どうしても諦められなかったが、出発の日嘘の集合時間を教えられ参加できなかった。それでも夢をあきらめず、そしてオリンピックメダリストになれば農業を営む家族を養うこともできるから、と努力を重ね多くの国際大会にも出場する。しかし2019年カナダでの国際大会出場の際にまたしてもイスラエル人選手が出場するというりゆうで辞退を迫られ、そのまま亡命。ジムで偶然出会った男性が妻子をカナダへ呼び寄せたり難民申請を手助けしてくれた。その男性が母国では言葉を交わすことすら許されなかったユダヤ教徒だと知り、人間同士の交流に政治など不問だ、誰とでも分かり合える、心底そう思ったと語っている。
…長くなりましたが、2020東京オリンピックでもイスラエル人選手との対戦を拒否し棄権する選手が多くいました。私は「そういうものなのかなー」くらいに捉えてしまっていたのですが…一日一日と積み上げてきたその集大成を、政治情勢ひとつで自ら手放さなければならない悔しさはいかばかりか…。
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・ニガラ・シャヒーン選手(1993.7/6・アフガニスタン→ロシア)⇒7/28柔道女子70s級17位・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退
幼いころに家族とともに内線が激化したアフガニスタンからパキスタンに逃れた。パキスタンで柔道と出会って頭角を現し、国際大会にも出場している。「うまく倒れないとうまく起き上がることができない」という柔道の教えが人生をも救ってくれた、と。
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ムナ・ダホーク選手(1995.8/27・シリア→オランダ)⇒7/27柔道女子63s級17位・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退
2018年にシリアを脱出しオランダへ。幼いころ姉とともに始めた柔道を続け、2019年・2020年にはUJF(国際柔道連盟)難民選手団として国際大会にも参加している。次に紹介するサンダ・アルダス選手とは幼いころからの練習仲間で、シリア内戦によって離れ離れにになってしまっていたがお互い難民としてたどり着いたオランダで再会し、2020東京オリンピック柔道混合戦に一緒に出場する。
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サンダ・アルダス選手(1990.6/26・シリア→オランダ)⇒7/26柔道女子57s級17位・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退)
2015年にシリア脱出、オランダの難民キャンプで9か月過ごした。その間、走ったりエクササイズをしたりして時間を過ごし精神的に良い状態を保つ工夫をした。その後、子供とコーチでもある夫ダルビッシュ氏と合流しオランダで新居にて生活を始めた。ダルビッシュ氏はオランダでコーチの資格も取得。
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・アハマド・アリカジ選手(1991.6/5・シリア→ドイツ)⇒7/26柔道男子73s級33位・・7/31柔道混合団体vs.ドイツ、敗退)
シリア出身で、戦争が始まる前にシリアで生まれた。1015年にドイツへ脱出し、現在はドイツに暮らしトレーニングしている。2019年世界選手権リグランドスラムなどに出場し活躍している。
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posted by ひよこ豆 at 10:19 | 今日のひよこ豆