2021年09月07日


2020東京パラリンピック難民選手団・選手紹介A
2020東京オリンピック難民選手団選手紹介まとめ
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≪陸上競技≫
・アリア・イッサ選手(2001.1/4・シリア→ギリシャ/陸上女子こん棒投げ)⇒8/27・16.33M(8位)
4歳の時患った天然痘で脳に障がいが残り、知的・身体的障がいがある。彼女の大きな転機となったのは、4年前入学した障がいのある生徒のための学校で、スポーツと出会ったことだ。ギリシャパラリンピック委員会などの支援により練習環境や練習用具の提供を受け、国際大会に出場する選手へと育っていった。そして2021年世界パラヨーロッパ選手権で4位入賞をはたした。パラリンピック難民選手団初の女子選手で、開会式では水泳のアバス・カリミ選手とともに旗手を務める。

・シャハラッド・ナサジプール選手(1989.9/1・イラン→アメリカ/陸上男子円盤投げ)⇒9/3・42.25M(8位)
出生時の脳性麻痺で左半身に麻痺があるが、最初に始めたスポーツは卓球だった。その後、陸上競技や円盤投げなどの投げる競技に挑戦するといいとアドバイス受け、あまりピンとは来ないまま挑戦してみる。しかしその競技で彼は大きく飛躍し、2011年にドバイで開催された世界ジュニア選手権への出場を果たす。だjがその後イラン国内の状況が悪化し、2015年に脱出しアメリカへ避難する。アメリカに到着した時彼は家族もいなく、英語も堪能ではなく途方に暮れていたが、州から州へと移動し最終的にニューヨーク・バッファローへたどり着きNPOの庇護を受ける。そして2016年リオオリンピックに難民選手団が出場することを知り、パラリンピックでも難民選手団を結成するべきだとIPCへ提言のメールを送り、独立パラリンピック選手団(難民選手団の前身ともいえるチーム)の結成と、自らの出場権を獲得する。
リオパラリンピックの後、彼はアリゾナへ移り、イランで行っていた研究の続きを完了し行政政策の学位を獲得、今後はジョージワシントン大学へ入学しグローバルMBA学位取得を目指し、また2020東京パラリンピックに出場する。
…途方もないパワーです…。障がいがあって、難民で、言葉もおぼつかない見知らぬ国で、ここまでの行動力。彼を突き動かすパワーの源は何なのでしょう。

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≪テコンドー≫
・パルフェ・ハキジマナ選手(1988.7/3・ブルンジ→ルワンダ/テコンドー男子61s級)⇒9/2・棄権
1996年、当時彼ら一家が住んでいたブルンジ国内の避難民キャンプが襲撃にあい、彼の母親は殺害され彼自身も左腕に重傷を負い障がいが残ってしまった。彼はリハビリのために様々なスポーツに挑戦し、そして16歳のころテコンドーと出会う。2010年に黒帯に昇段し、そしてブルンジに自分のテコンドークラブを設立する。だが国内状況の悪化により2015年ルワンダのマハマ難民キャンプへと避難し、1年後に経験をいかしてテコンドークラブを設立しキャンプの人々150人に教えている。2019年アフリカ8か国が参加する大会で銀メダルを獲得。
2020東京パラリンピックには、難民キャンプから直接参加する初めての選手である。キャンプには十分なトレーニング設備だけでなく、食料や医療でさえも限られているが、今年始めにはIPCなどの支援により首都にあるトレーニング施設へとアクセスできるようになった。

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難民選手団選手出場予定
2020東京オリンピック・パラリンピック難民選手団公式HP
UNHCRパラリンピック難民選手団選手紹介
2020東京パラリンピック公式ページの選手紹介(出場予定など)
2020東京パラリンピックを契機に開始された“WeThe15”キャンペーンについて
posted by ひよこ豆 at 19:54 | 今日のひよこ豆